りんごの花が咲くころ

30年3月に公務員を勧奨退職しました。悠々自適な生活の予定が、闘病生活へ。

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お金にまつわるりんご家の話

 

日記(次女)

就職活動これがあったから乗り越えられた 番外編

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就職活動これがあったから乗り越えられた 番外編

次女は、エントリーすれば、すぐ内定を出すという企業がありました。

それは、インターンに参加した企業です。

 

インターンに参加した企業

専門学校の単位として、必ずインターンに参加する必要がありました。

田舎な地域。インターンを受け入れている企業も少ない。

 

IT企業で5社あったかどうか。

そんな中次女が選んだのは、5日間のインターンです。

 

その企業は、住んでいるところから鉄道で数時間かかるところ。家から1時間程度のところに営業所がありますが、インターンは本社で実施なのです。

 

インターンの内容は

5日間のインターンですが、数時間かかりますので、前日の日曜日にその地域に入る必要がありました。

翌日、9時出勤だったと思います。

 

次女は、一人旅は初めてです。でもついていくわけにはいけません。

JRの切符は私が購入し、駅まで送っていきました。

 

指定の宿泊施設は、会社の前にあるビジネスホテルでした。会社には歩いて行けたそうです。インターンの研修を受けながら、お昼は会社の人と近くの食堂などで昼食をとっていたようです。

 

最終日は、16時ごろ終わるということで、18時前のJRの切符をとっていました。

毎朝、起きれるか気になって、電話していましたが、電話の前に自分で起きていたようです。

 

インターンの締めくくりとして、学んだ内容をプレゼンしたそうですが、その準備に20時ごろまでかかってやったとのこと。

インターンは同じクラスの男の子と県外の大学の男の子の3人です。

 

プレゼンは、とても評価されたそうです。

 

インターンの費用

すべて会社持ちでした。

往復の交通費は領収書を持っていき、その額の現金を受領して帰ってきました。

 

宿泊は、5泊でしたが、1泊2食付きで、お昼は会社の人と昼食をとり、お昼代も負担してくれたそうです。

このインターンでは、ほとんどお金を使うことはありませんでした。

 

会社側は、少なく見積もっても一人当たり5万円はかかっていると思います。会社側にとって、これは就活の一環なのでしょう。あとでわかりましたが。

 

3年制のうち、2年生の夏でしたので、終活について疎い時期でした。

 

営業所案内するよ

家から1時間ばかりのところにある営業所を案内するとのメールが10月頃ありました。

日程は後日と言いながら、それからなかなか決まりませんでした。

 

これが一つ目のきっかけかもしれません。ほかに目を向ける。

 

そのあと、年明けてからも案内はありましたが、その頃はだんだん県外も視野に入ってきており、手をかけて辞退も迷惑をかけるので、最後まで案内してもらうことはありませんでした。

 

学校主催の合同会社説明会

合同会社説明会が学校主催で1月にありました。

その時の面接で、エントリーしてくれたら内定出しますとの話があったそうです。

 

これには担任も驚いたようです。ここは学校経由で就職する人がいますが、今年就職した学生も4月にならないと内定は出なかったそうです。

 

とりあえず、保険として断るわけにはいかないので、もう少しほかの企業の話も聞きたいと話をし、それについては了承をもらっていました。

 

一気に県外に傾いた2つの理由

通勤手当に上限があった

この会社の通勤手当の上限は3万円でした。

それは気になりませんでした。私の通勤費は1万8千円ぐらい。十分足りると思っていたのです。

 

一度調べてみようとバス会社に問合せしました。

片道、千円を超える。

定期にすると、一月1万5千円ぐらい持ち出しになります。4万5千円ぐらいでした。

 

手取りも田舎なので、少ない。これは自立できることを期待していない私の考えもあり、自宅通勤なら許容できる範囲でした。ボーナスもそんなに期待できません。

 

でも持ち出し1万5千円。実家暮らしなら生活できますが、将来の年金なども考えると一気に不安になりました。

ただ、後で割と県内で知っている企業も同じ地域にありますが、上限3万円とあり、この県では割と普通のことなのかもしれません。

 

運転することが必須?

就職が近くなると、運転免許を取る必要が出てきました。

県内就職を希望していた我が家は、運転免許が必要と担任から言われていました。

 

全くとることを考えていなかった我が家。それでも受験の必須項目なら仕方ありません。

30万円の身分証明書として、運転免許をとることになりました。運動音痴の次女、運転させることは考えてもいませんでした。

 

それが、就職の3者面談で、県内は運転必須ですと言明されてしまいました。先生は過保護な親と思ったでしょうが、彼女を犯罪者にするわけには行けません。被害者を出すことも。

 

これが、県外へと切り替えた大きな理由です。

 

上に書いた割と知っている企業の募集要項には、通勤に車が必須でした。

 

確かにバスで通勤できましたが、バスの通勤ではそんなに遅くまで仕事できないということもあったかもしれません。20時前が最終のバスの時間でしたから。

 

その後の連絡

その後、要所要所でメールでの連絡がありました。

内定は社長の了解もとっていると。

 

3月までは県外の企業の話も聞きたいといっていたので、3月に一度連絡あり。

 

4月にも一度進捗状況の連絡がありましたが、担任に相談するとまさかの「無視しろ。」との助言。

 

5月にあった時は、さすがに無視することはできず、今受けている企業の結果を待ちたいと連絡する。

 

そして、6月早々、内定の報告をし、正式に辞退しました。

 

最後まで待ってくれたこと、何より彼女を評価してくれたこの企業があったからこそ、自信を持って終活に取り組むことができました。内定の連絡も文面上は喜んでくれ、今後も仕事の付き合いはあるかもしれないなど配慮ある返信でした。

次女は県内に帰ってくることがあれば、ここに就職したいと今でもいいます。

 

いい出会いの会社でした。

 

 






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