りんごの花が咲くころ

30年3月に公務員を勧奨退職しました。悠々自適な生活の予定が、闘病生活へ。

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家計管理

消えた年金、母はこうして取り戻した&記録ってすばらしい

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消えた年金、母はこうして取り戻した

私が消えた年金を取り戻した記事は、こちら

両親の年金事情

母はずっと、自営業を父と営んできました。

 

母の年金は、国民年金とみどり年金、終身の個人年金です。一方父は、国民年金と農業者年金です。厚生年金とは違い、2階部分がありませんので、自分たちで2階部分を構えています。

 

自営業なので定年はありません。健康な限り働き続けることはできます。それでも、終身でもらえる年金などは大きな助けになっていることと思います。

 

父が65歳になった時、第一線からは退きました。借金もなかったようなので。今は細々とお米を作ったり、直販所に出す野菜などを作っています。

 

年金受給開始のための相談会に出席

農協が主催する年金受給開始のための相談会に出席したそうです。年金請求の書類などを書いたり、年金受給の説明を受けました。

 

たわいのない雑談から

そんな中、今までの職歴を聞かれたようです。結婚する前についても。

 

母は、19歳で父と結婚しています。

 

母は、中卒です。母の時代、高校へ進学する学生は半分にも満たなかったそうです。7歳上の父、母の弟、妹とも高校を卒業していますので、住んでいた地域、その移り変わっていく時代のせいかもしれません。母は一番上の長女でしたし。

 

母が金の卵だったかはわかりませんが、中学を卒業すると大阪の縫製工場に2年ばかり働きに出たそうです。

 

そして、大阪で2年ばかり働いた話を相談会で話したようです。

 

会社名を覚えているの?

その会社名を覚えていた母にも驚きましたが、当然年金がどうなっていたかなんて、母は知る由もありません。

 

担当の方が、母の旧姓、勤務先、生年月日などで調べてくれるという話になりました。

 

 

記録ってすばらしい

そして見つかった

そして、なんと記録があったのです。

 

年間、1万円ちょっと厚生年金が受給できることになりました。45年以上前の記録です。何気に話した記憶、それを気に留めてくれた担当者、そしてその時代に厚生年金を支払っていた縫製工場。

 

記録って素晴らしい。記録がなかったら、証明することは簡単ではなかったと思います。今と違い、その時の年金の加入状況を働いていた10代の母は知る由もなかったでしょうから。

 

厚生年金は60歳からの需給のため、5年間まとめて遡及して支給されたそうです。

 

思いかけず手にした年金は、家族みんなで外食した費用に充てられました。そしてその場で、受給に至った話を母から聞いたのでした。

 

 






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